第4章 自我(7)

その高校は実家からは汽車とバスを乗り継いで

1時間半かかり便数も少ない為、

朝は5時半に起きて6時半には汽車に乗車して

8時までにバスに乗り継いで8時半にやっと

学校の門をくぐるといった今まで経験した事もない

過密な朝だったのだが、

兄や先輩たちもそうしていたし

無事卒業もしていたので、

やれるはずだと思い込んでいた。

 

また南予(愛媛県を3分して、松山中心に中予、

今治中心に東予、宇和島中心に南予と言われている。)では少ない

工業系の学校ではあったが、

その地域の進学希望者も勉強できる

普通科を配した学校であり、

工業系の高校では珍しく女子も相当数いる学校だった。

 

1クラス40名前後で普通科が3クラスと

工業系は機械科が2クラスと、電気科、電子科、

建築科の8クラスで3学年なので、

生徒数は1000名近くの筈なのだが、

とにかくこの地域では一番のやんちゃな生徒の集まりだったので、

特に工業系のクラスは1/10程度が卒業できない様な状況で、

2年生、3年生の教室は空間的な余裕があった。

 

話が少し先に進んでしまったが、

中学時代に話を戻すこととする。

 

私は中学3年間部活動として柔道をしていたのだが、

中学入学時に新しく新設された部活であり

先輩のいない部活だったので

入部時は1年生のみだから皆と仲良くやれると思っていたのと、

体も鍛えられてかつ、色んな場面で身を守ることが出来るようになって

周りからも馬鹿にされないだろうと思って

入部を決めたのだが、

先にも話した通り体の成長が遅かったために、

どんどん同級生や後輩にも力量を超されてしまい、

結局誰でも参加できるような試合以外は

大会での出場機会もなく、

部員数も多くなりただただ選手の投げられ役にまわる日々となっていき、

とても楽しいものではなかった訳だが、

後々これが役に立ってその後の人生の展開にものをいう

ようになるとはその頃は夢にも思っていなかった。

 

・・・つづく

 

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